新しい部屋の裏にはスーパーマーケットがある。二階部分の売り場へは低速運転のエスカレータが架けられていて、午前〇時の消灯まで粛々と近隣住人たちを運び入れる。 その店へ行くのは、ほとんど飲料水のためだった。引越しの疲労でひどい熱に魘された夜のあと、水道水から質の悪い金属の味がするようになってしまった。寝込んでいる間に他人のべろを植えられたのかと疑って、舌の付け根を確かめたりもしたが、ただぬめやかな筋があるだけだった。それからずっと、給水機のある裏のスーパーマーケットに通っている。 売り場の入口には、時節に合わせたボードがあり、一月は手作りの絵馬たちが飾られていた。色々なペンで願いの書かれたそれらを横目に見ながら、去年どこかの施設の竹に下げてきた短冊のことを思い出す。捨てられてしまったろうか、あるいは開かれることのない箱に仕舞われただろうか。 空の容器をぶら下げたまま、自動ドアに迎えられる。人工的な真昼。ただ水を汲む為だけに店を出入りするのは後ろめたく思えて、何かしら購入すべき商品を探す。全ての棚を検分して、それでも欲しいものが分からない時、 泣き出したいと思う。欲望を掻き立てようとする様々の謳い文句や色の群れに、反応することができない。super market を名乗る場所でさえ満たされることがない。寄る辺ない私の右を、六角柱の菓子箱にぎった子供が通り過ぎていく。精肉コーナーの前、あるいはアイスクリームのショーケースの前に、小さくなって泣いている自分を幻視する。 正しさを確信できないまま幾つかを手に取って、レジへつながる隊列の最後に加わる。前に並ぶ人のかごから立ち上る、濃い生活の気配。模範解答のようなそれと、自分のちぐはぐな買い物かごの中身を見比べて目を伏せる。真昼めいた蛍光灯に照らされた商品たちは、私の所有になるのを拒むように輪郭を際立たせている。そのひとつひとつが会計係に摑まれ、検査され、別のかごへと移されていく。 下りのエスカレータにのろく運ばれて、薄暗い自室へと戻る。