遠方の友人から「月が大きいです」と連絡があった。今日が中秋の名月らしいことを職場でも聞いていた。「写真を送って」と頼むと「伝わらないでしょ」と返信がある。脱ぎ捨てていた服を拾って、Sを月見の散歩に誘う。
私達の街は、厚い雲に覆われていた。ぼんやりと明るい部分を見つけては「あれが月かな」と指を差す、それを何度かやってから、Sが「みんなこれで盛り上がっているんですか?」と言う。ごく短いあいだ月の全体が見えた時に「月が大きくて距離感が分からなくなる」と言われて、この人も普段月を見上げることがあるのだなと思った。月はろくに見えなかったけれど、一緒に散歩ができて良かった。
駅前でSと別れて銭湯へ向かう。金曜の夜だからか、普段よりも混んでいた。露天では三人組が空を見ながら月のことを話していた。しばらく後、その人たちのいなくなった場所に移動して、雲の流れるのを見ていた。ほんの数分だけ雲に穴があいて、さっきまで空を気にしていた隣の人に「今見えます」と声をかける。屋内の風呂やサウナ室にいた人達が外に出てきて、それぞれの人差し指を月に向けていた。
長湯でのぼせたのと、月を見られて気分が良かったのとで、普段は乗り過ぎる駅で降りて一駅分を歩くことにする。月の大きいことを教えてくれた友人とビデオ通話を繋いで散歩の実況をする。友人は今日が中秋の名月だと知らなかったらしい。「月丸すぎ、と思って連絡しました」と言っていた。名月を感知することのできる人のおかげで、良い夜だった。