新しい部屋

誰かと初めて会った時、私は初めて会った人になる。その人は柔和で相手の意見をよく聞きそうだ。良い人に見られたいとかではなくて、 なんだろう、出来るだけ印象を平らにするにはこのスタイルが良いだろうなという具合だ。うまく隠れて、相手に背中を見られないように壁つたいに歩く。 布団の感触が肌にシワになっていてだらしなく残っている。少し薄くて、柔らかくなったシーツがかかっている。またに会うときは布の感触を解き、 糸を抜くように取られていく。格好をつけているだけで実際は人生で一度きりだと思っていたことが二度あって、対処できていないだけなのだが、 時間をかけて右回りに回転する感覚は嫌だな。

三度目になったら判断が遅れ気味でついてくるだろう。少し怠いが一度めと二度めの間くらいの情報交換を再度する羽目になる。 4月とか5月はそういう季節で、目を山に口を谷にスマイルを作って固めておく。 ごたごた言いつつも私が相手を忘れないように、相手も私を忘れやしないんだろう。全部覚えているものだよ。こういう人は。

一 二 三 4 5

毎日電車に乗ると時間帯で顔を見知る人がいる。マスクをして鼻から口が見えていないとしても目だけでもわかるものだ。あと靴ね。靴の減り口だけで ああ、あの人だ とわかることがある。 暖かくなってきた気温を感じると必ずどこかで一度は「はじめまして 」をしなくてはいけないから、それを何とか私の中で怖くないものとして正当化したい。

トイレットペーパーが売り切れている。 ストックということ?全員がストックをしたら再生紙のサイクルの円が大きくなり自分の場所へ来るまでどのくらいの時間がかかるのだろうと路肩の白い固まった線の上で考える。 マスクの下ではなにをしてるかわかったものじゃない。だらしなく口を開けているのかもしれないし、微笑みを浮かべているのかもしれない。

この状況が新しさを遠くに感じさせるが、先にはあまりにも変わる環境が待っている。 今まで目で見えてないような自然さで使っていた家の各場所の掃除道具を買う時に、存在していたのかと慄く。 そうこうして私はわかりやすい自由と不自由を一気に手に入れるわけだ。 自由 FREE なんて言っても実感したことは一度もなく足が前に出ただけで何かが変わるようで何も変わらないのだけど。そんなに生まれて時間は経ってないが、私が今の人間だと思うところは秘密にするには秘密を公開する場所をどこかに作ってしまうところだろうか。自分だけの体の中にどうにも閉じ込めることができない。じゃあ何を墓まで持って行こう。それかトイレに骨を流してもらって彷徨い続けようかな。 いかんせん初めて骨になる新参者で、何もわからない。

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