新しい部屋

先月分の手紙には、海で拾った壜のかけらを同封した。波の往来のなかで鋭角がゆるい曲線にかわる、その月日のあらわれを好きだと思う。そういう緩やかな変容にあこがれて、けれど最近はEnterキーを押下するような変化の群れに呑まれていた。

たとえば学生証の有効期限が切れたこと。
三月の終りに届いた、学生証を郵送するための封筒。添えられた書類には、私の名前・生年月日・顔写真が記載されたそれを「返してください」と印字されている。自分の一部だと疑わなかった四年前の証明写真が、途端に他人のように見える。卒業式はすべての学部で中止になったので、全卒業生の学生証が大学宛に送られた筈だった。小さな封筒に仕舞われて 所有のちぐはぐになった四千の顔たちは、それから誰のものになるのだろう。私だったものをしばらく眺めて、翌日投函した。

その後すぐ 或る会社の構成員として、朝から夕まで働き始めた。不眠に酩酊したままの生活では立ち行かなくなる、その前に睡眠導入剤の処方箋を受け取る。麻袋に放り込まれて身動き取れなくなるような眠りが苦手で、学生時代にはほとんど服用しなかった錠剤たち。

薬を飲むと夢を見られない、そのことが随分さびしい。週に二日の休日だけは新しい夢日記を書くことができる。ほとんど夢のために眠っている。このあいだは、競走馬に名前をつける夢を見た。空っぽの競馬場で(私は競馬をやったことがないので、あくまでそれは想像上のもの)、命名者候補たちだけが着席して、中央にある大きなモニターを見つめている。意味を成さないカタカナの整列。結局、自分の考えた名前が採用されたのか分からないまま目が覚めた。

そのあとも短い眠りを繰り返して、石膏像に追い回される夢・三つ編みの老婆が隣席に座る教室で卒業式を迎える夢を続けて見た。どれも温度はないけれど、仄かな色のついた映像だった。忘れてしまわないうちにノートに残しておく。

波に削られる硝子、あるいは風に形を変える砂漠のようには存在できない。「快い絶望」という題の短い曲を何度か再生してから、数時間だけの死体になる。

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