新しい部屋

次の日にオールナイト上映の約束があったから、その金曜は夜明けまで起きていた。前回オールナイトに出掛けた時は、二作品目の途中から意識を手放した。今回は全部起きていたかった。
起きていることが目的の夜更かしは退屈だった。隣に眠るAが膨らんだり萎んだりするのを見ていた。Aからは、いつもお手本のような心音がする。どくどく という擬音語があまり似合わない、水中の行進みたいな音だ。耳を臍の近くまで持っていくと忽ち隊列はいなくなり、無法地帯になる。グギャァ ピョォ とか そういう音が幾つも重なって、随分うるさい。その音を聞いて、この人の全てを知ることは到底できないと再確認する、それでその日は眠ってしまった。


当日、普段通りの時間に目が醒めて、それから二度寝に失敗した。ただ寝不足の人としてBとの待ち合わせに向かう。20時過ぎでは他のどの店も閉まっていたから、東口のマクドナルドでそれぞれのハンバーガーを購入した(映画のチケットを私が、それ以外の全てをBが持つことにしていたので、私はBが注文を済ませるのを眺めているだけだった)。公園さえもロープで囲われて、私たちには行き場が無かった。上映までの2時間を、濡れたガードレールに腰掛けたり、閉店間際の本屋を冷やかしたりすることで遣り過ごした。途中飲んだエナジードリンクは、チューペットのコーラと同じ味だった。


映画館に着いた頃、Bが「映画館を出るころには、ここの人たちに今とは違う感情を持つんだろうか」と言った。仲間意識を何倍にも希釈したような気持のことを想像して、そうでしょうねと返した気もするし、そうでしょうかと返したような気もする。ただ、これは特別な夜だなと思った。


四本上映のうち三本目が終わったところで、Bが苦しいと言ったので外へ出た。駅の地下と同じ息苦しさがして、二人共あれ以上は居られなかった。朝になる直前の青い時間に、私たち以外の通行人は殆どいない。駅前の喫煙所も貸切だった。花壇や灰皿の近くには、酒の空き瓶や煙草の空き箱が群れのように捨てられていた。「兵どもが、ですね」とBが笑っていた。傘に煙が籠らないように、後ろ歩きをしながら煙草を吸った。

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