新しい部屋

上京したばかりの、ICカードで改札を抜ける瞬間息を止めていたような頃に購入したパーカーを、7年経った今でも着ている。下北沢の700円均一の古着屋で買ったもの。服というよりは持ち運びのブランケットとして扱っていて、例えば知らない土地に寝泊りする時や、長引くことが決まっている仕事の時などに着ていた。それに袖を通すと、その時感じている緊張や不安がわずかに和らいだ。
長いあいだ穴も開かずほつれもしなかったのだけれど、ジッパーの金具だけが壊れてしまった。しばらくは安全ピンで首元だけ留めて遣り過ごしていた。(そういえば、友人は“安全ピン”という名称に異を唱えていた。普段水平線を想起させるほど穏やかな彼の人には珍しい状態だったのでよく覚えている。「他の針と比較したらそれはそうかも知れませんが、“安全”ではないですよね?」と、少し怒ったような口調で言っていた。そのあと英語でもsafety pinと呼ばれるらしいことを知って、尚更に語気を強めていた。)一月後の旅行を機に新調しようと、いくつか服屋を回ったのだけれど、そのパーカーよりも好きなものを見つけることはできなかった。帰路、あれは私が大切にするべき服なのだなと思う。高校時代の宗教の先生(既婚者のその人だけは「シスター」ではなく「先生」と呼ばれていた)のことを思い出す。祖母と同い年位のその人は、16の時から持っているという花柄のスカートやレースの襟のブラウスを着ていた。それがよく似合っていた。ときどき配られるフェルト製の手作りの天使を受け取る時、先生を包む柔らかい布が机を縫って揺れるのを見ていた。

ジッパーの交換費用は4000円で、最終的に4700円のパーカーになる。受け取りに付き合ってくれた後輩がきゃらきゃらと笑う。

none