夜明けに犬の遠吠えを録音しに薄闇の中を歩く。
Bluetoothイヤホンから集音が1.5秒ほど遅れて聞こえてくる。
足音をたてないように歩く衣類のこすれる音、
鶏の鳴き声。
むしの声。
犬は遠吠えをしなかった。
白昼
夏の終わり、暑さはまだ残る。
人に野放しにされた犬が坂の上に住んでいるという噂を聞いて、すり足で坂を昇って見にいく。
緩い坂のカーブを曲がると、鎖の繋がれていない犬が飛び出してきた。
喉の奥で音を鳴らした後、同じ間隔で3度吠える。
私との距離は2メートル。
赤い首輪をしていて、全体的に茶色で、
前足だけが7㎝ほどペンキにつけたように白い。
なるべく物音を立てずに録音している人間をみて、一頻り威嚇した後、飽きたように腹を天に向けて寝転がった。
3メートル
離れた場所に座って音の確認をする。
喉を鳴らす音、唾を飲み込む音がより鮮明に聞こえる。
それからしばらくして時間を変えて、何度か坂を登る。
明け方の湿った緑が擦れる音と甲高い鳥の鳴き声の中、深夜車のライトが山に反射して不自然に森が照らされる中。
どの時間にもその犬は現れることはなかった。
この山にはむじな大名という昔話が残っていて、むじなの悪戯に気づいたのはその宿屋の犬だった。